医師と歯科医師の違い – 大学履修内容編

医学部と歯学部のカリキュラムは、大別すると「教養課程」、「基礎医学」、「臨床医学」、「臨床実習」という4つのパートで構成されているという点で共通しています。しかし後半の二つ、臨床医学と臨床実習の内容が全く違います。

教養課程 – 似たようなもの

共通するところから見ていくことにしましょう。まず教養課程は1年次から2年次の途中くらいまでに履修し、内容としては語学や理科、体育といったようないわゆる教養科目で構成されており、細かい差はあれど医学部も歯学部も大体同じようなものだと思います。

基礎医学 – 多くは共通

2年次くらいから始まるのが基礎医学です。これは科目で言うと解剖学、生理学、生化学、薬理学、微生物学、病理学、免疫学などといったものが挙げられます。これらは主に人体や薬、病原体などについて、その仕組みや構造、働きをなどを学ぶ科目です。これは医学部も歯学部も科目とその内容についても概ね共通しています。

基礎医学は歯学部でも歯や口のことにとどまらず、医学部と同様に全身について学びます。解剖学ではご献体の全身解剖実習を行いますし、生理学ではあらゆる臓器、例えば生殖器や泌尿器に至るまでその仕組みや働き、またそれにかかわる神経学や内分泌学まで含めて習います。その他の基礎医学の科目でも全身のことについて学びます。

この基礎医学ですが、医学部と歯学部で微妙な違いがあります。歯学部の場合は解剖学に加えて口腔解剖学を、生理学に加えて口腔生理学を、微生物学に加えて口腔微生物学を、といった風にそれぞれの科目に加えて、歯と口に関する事柄に焦点を当てた科目も履修することが特徴です。

しかし、歯学部では医学部と同じ6年間というタイムフレームの中で、例えば解剖学と口腔解剖学の両方を履修しなくてはならないので、医学部でやる解剖学より歯学部でやる解剖学の方がおそらく内容が薄くなっていると思います。これはその他の〇〇学と口腔〇〇学の関係性でも同じことが言えると思います。

それから歯学部には歯科理工学(もしくは歯科材料学)という医学部にはない基礎医学の科目があります。歯科理工学では例えば銀歯や金歯の理工学的性質や、接着剤の作用機序、型を取る材料や石膏の物理化学的性質などなどを学ぶ科目です。歯科理工学は医師には直接関係のない内容ですので医学部では履修しません。

臨床医学 – 全然違う

医学部と歯学部で全く学ぶことが違ってくるのが3年次くらいから始まる臨床医学からです。臨床医学では病気の診査・診断法やその治療学を学びます。

医学部では内科学、外科学、産婦人科学、眼科学、耳鼻咽喉科学など皆さんにも耳になじみがある科目を学びますが、歯学部ではそれらの科目は少なくとも本格的には学ばず、代わりに保存修復学、歯内療法学、クラウンブリッジ補綴学、床義歯学などなど、普通の人には何のことやらわからない科目を習います。ちなみに上記4つをざっくり説明すると、保存修復学=虫歯を削って詰める、歯内療法学=歯の神経や根っこの治療、クラウンブリッジ補綴学=銀歯・金歯など、床義歯学=入れ歯、のような感じになります。ですので例えば歯科医師は産婦人科のことはほとんど何もわかりませんし、医師は歯内療法学のことはほどんど知らないはずです。

内容に多少の差はあれど、医学部と歯学部ともに履修する臨床医学系科目もあります。それは麻酔科学、放射線科学の2科目です。

ちなみに医学部では歯科のことをを全く習わないかというとそんなことはありません。ほとんどの場合、医学部付属病院には歯科・口腔外科の診療室があり、そこに歯科医師もいますので、そのスタッフが学生の歯科・口腔外科の教育を担当します。しかし歯科・口腔外科は医師国家試験の出題範囲には含まれていませんし、授業や学内試験はあるものの、型通りで終わることが多いようです。

ちなみに歯学部も外科や内科の授業があることはあります。私が履修したもので覚えているのは、内科学、外科学、整形外科学、眼科学、耳鼻咽喉科学、小児科学です。しかしやはり、型通りの授業と試験はありましたが、歯科医師国家試験の出題範囲ではないうえに、1科目あたり5~6時限くらいの座学があるのみで、実習もありませんでしたので、学んだ内容は残念ながらほとんど覚えていません。

臨床実習 – 全然違う

おおむね5年次くらいに履修する臨床実習(BSLやポリクリとも)は学生が大学病院で患者さんが実際に治療を受けているのを見学したり簡単な診療補助を行ったりする実習です。こう書くと臨床実習は簡単なものだという印象を持ってしまいますが、実際にはレポートを求められたり、口頭試問があったりする上に、一日中立ちっぱなしでかなりきついものです。基本的に医学部では医科の諸科を、歯学部では歯科の諸科を順繰りに回ります。

医学部の学生が歯科・口腔外科の診療室を、歯学部の学生が医科の診療室を見学くらいはすることはあるかもしれませんが、それは本当に見学程度で本格的に臨床実習を行うことはありません。ちなみに私の通っていた大学の大学病院には内科や眼科、小児科などの診療室がありましたがそこに臨床実習で行ったことはありません。

まとめ

こうしたことから、歯科医師は基礎医学について学んだ当時の知識レベルを維持できていれば、人間の身体の仕組みについて医師と同レベルかそれに多少及ばない程度の知識はあるはずです。ただ歯科治療に直接関係してこない知識はどんどん忘れていきますので、必ずしも全員が医師と同じレベルの基礎医学知識を持っているというわけにはいかないでしょう。

そして大学の履修ベースでは、歯科医師は医科の治療に関する知識、つまり医科の臨床医学の知識ついてはほとんど無いと言って差し支えないと思います。医科の各科目について、型通り履修はしますが、本当に型通りな上に国家試験の出題範囲ではないからです。

要約すると歯学部では医科と共通の基礎医学はかなり本格的に学ぶが、臨床医学は歯科以外の分野についてはほとんど学ばない、ということになります。

基礎医学の上に歯科の臨床医学が乗っているのが歯科医師の知識、基礎医学の上に歯科以外の臨床医学が乗っているのが医師の知識、という風に言い換えてもいいでしょう。

例えば歯科医師の甲状腺とバセドー病に関する知識はだいたい以下のような感じです。甲状腺の位置は知っている。甲状腺がチロキシンというホルモンを分泌する腺組織であることは知っている。 チロキシンは代謝を亢進するホルモンであることは知っている。チロキシンにヨードが含まれていることは知っている。バセドー病は甲状腺の機能が亢進を特徴とすることは知っている。そして知らないことは・・・症状は細かくは知らない。バセドー病を診断するための検査法や診断基準は知らない。薬物療法は知らない。手術の方法は知らない・・・、といった具合です。以上はあくまで大学の履修ベースでの話ですが、傾向として歯科医師は歯科以外の疾患についてこのような知識の偏りがある思います。

医師と歯科医師間の会話や診療情報提供上のやり取りで、両者が診療についての知識を共有している前提で会話をしたり、診療情報提供書のやり取りすることもありますが、時に意思疎通に若干の齟齬が生じることもあると思います。これは歯科医師は歯科疾患以外の治療論について大学ではほとんど学ばず、同様に医師も歯科疾患の治療論はほとんど学ばないことから、そういった齟齬が生じうるのだと思います。

歯科医師も有病者における抜歯等外科処置時の感染や出血のコントロール、もしくは抗菌薬や消炎鎮痛の投薬における副作用やアレルギー等はもちろんのこと、他にも様々な場面で医師と同等の知識が求められるケースがあると思います。私は内科医である妻に時折症例を聞いて質問するなど、歯科疾患以外に対する理解を深めるよう心掛けていますが、いずれにしても医科と歯科が、少なくとも両者の専門領域がクロスオーバーする分野について、シームレスに情報をやり取りし、患者さんに利するべく医療連携を図るためには双方が常に学び、知識と技術を研鑽していく必要があると思います。