「かかりつけ医」という言葉への誤解

新型コロナウイルスが日本国内で流行し始めてしばらくたった頃に、行政は「発熱などの症状があった場合は、直接病院には行かずに、かかりつけ医や市区町村や保健所の相談窓口にまずは電話でお問合せ下さい」といったような発信をしていました。ところが、自分にはかかりつけ医なんかいないし、保健所は電話してもつながらない、というような話があちこちで聞かれました。コロナウイルスと直接関係ない場面でも「かかりつけ医」という言葉は国や自治体の発行する文書等でよく目にします。

この「かかりつけ医」という言葉ですが、国が意図するところとして「身近な地域で日常的な医療を受けたり、あるいは健康の相談等ができる医師」を指しています。ですから行政としては実際にかかりつけであるかどうかはさほど重要ではないようです。

ではなぜ「かかりつけ医」という言葉を使うかというと、病気になったときに何でもかんでも大学病院のような大病院にかかるのではなく、できれば事前に地域に遍在する近くの小規模診療所にかかりつけ医を作り、症状が軽い場合はまずはそこで受診してほしいという意図があるのです。これには大学病院に軽症の患者さんが大勢押し寄せて、重症患者や高度な先進医療が必要な患者さんが十分な治療が受けられなくなるのを防ぐという目的があります。 紹介状を持たずに大規模病院を受診した時に「選定療養費」 として5000円ほど徴収されるのもこういった理由からです。

医療機関をその規模などで分類し、病院の役割毎に患者さんを割り振り、地域ごとに「医療機関網」を機能させるという仕組みは、これまでも国が推し進めてきたことであり、それ自体は素晴らしい取り組みだと思います。ただ小規模診療所の医師、もしくは小規模診療所自体のことを「かかりつけ医」と名付けて、事情を知らない市民にまでその名称を押し付けるのはいささか配慮を欠いているのではないかと思います。

若い人でも何かあったときにまずかかりつけ医に受診・相談することはいいことだと思いますが、実際に持病のない若い人がかかりつけ医を持っていることは少ないのではないかと思います。だからこそグーグルで「かかりつけ医」を検索しようとすると「かかりつけ医 いない」というサジェストが出てきますし、新型コロナウイルス流行初期に先に述べたような混乱があったのではないでしょうか。そうした事態を受け、現在ではかかりつけ医がいない場合はこれこれこうしてください、と但し書きが添えられている場合が多いようです。

いずれにしても国や自治体が使う「かかりつけ医」という言葉は、国民全員が地域の診療所にかかりつけ医を持ち、何かあったらまずそこで受診・相談してほしいという願望が先走ったネーミングだと思います。理想とするところは賛同しますが、誤解を招く以上そのネーミングには疑問符がつくところです。代替案を示すとすればそのまま「お近くの診療所」であるとか、もうちょっと格好つけたとしても「ホームドクター」くらいが妥当なところではないでしょうか。