ぼーっとしてるんじゃないよ!先生!

「ぼーっとしてるんじゃないよ!先生!」

「立って見てるんじゃなくて、自分で仕事を探すんだよ!先生!」

歯科医師になって一年目に、とある歯科医院で女性の指導医にそう怒鳴られながら仕事をしていたことを昨日のことの様に思い出します。

大学を卒業して歯科医師免許を取得し働き始めると、我々は急に「先生」と呼ばれるようになります。大学を出て間もない若造が「先生」と呼ばれればいい気になる人がいてもおかしくありませんが、少なくとも自分の場合はそうではありませんでした。

この「先生」という言葉、口にする人に半ば強制的に相手に対して尊敬の念を持っていることを表明させるようなニュアンスがあり、ことに心から尊敬してない相手にはあまり使いたくない呼称でもあります。嫌いな教師や医師や政治家などを「先生」と呼びたい気持ちにはならないでしょう。

しかし、我々歯科医師にとってはそういった意識は薄く、特に尊敬の念など込められていない単なる呼称としてしか認識していないフシがあります。それどころか実際には大変便利な言葉であると思っています。

便利なのは名前がわからない歯科医師を呼びかけるときです。相手が年上であろうと年下であろうと、教授であろうと研修医であろうと、院長であろうと勤務医であろうと、名前がわからなければ「先生」と呼びかければ失礼でも慇懃でもなく、ちょうどいい具合だからです。

歯科医師以外の方が相手の場合、その人の名前かもしくは役職がわからないと難儀します。「あのー、すいません」と呼びかける以外方法がないからです。ところが相手が歯科医師の場合は誰であろうと「先生」でいいわけです。 歯科医師は歯科大学病院や歯科医師会、学会などで大勢歯科医師がいる場面に接することが多いので大変便利です。

もちろん目下の歯科医師が仕事ができずにぼーっとしていても、いちいちオガサワラみたいな長い名前を覚えて君づけで呼びかける必要はありません。「ぼーっとしてるんじゃないよ!先生!」でいいのです。おかげで私は先生と呼ばれていい気にならずに済んだというお話でした。