前歯で噛まないで

詰め物やかぶせ物をする際、かみ合わせを調整するために「カチカチしてください」とか「ギリギリ歯ぎしりしてください」などとお願いすることがあります。

特に前歯の処置をするときに起こりやすいのですが、歯科医師としては奥歯で噛んでほしいのに前歯で噛む患者さんがいらっしゃいます。前歯で噛むことを正式には「前方位」、慣習的に「前噛み」などと呼ばれるのですが、この噛み方はたとえ前歯の処置であっても噛み合わせの調整の際には用をなしません。

前歯の処置ですから前歯で噛もうとするのは至極当然ですので、患者が変に気を回す必要はないと思います。しかし前歯で噛もうとしてしまうのに対して「奥歯で噛んでください」とお伝えしても前歯を意識しすぎて思うようにできない患者さんもいらっしゃいます。

そして前で噛む癖で一番問題となるのが入れ歯のかみ合わせを取るときです。奥歯がある方なら「奥歯で噛んでください」と伝えればよいのですが、奥歯が無い方ですとそれが通用せず、「できるだけ奥で噛んでください」とか「できるだけ顎を引いてください」と伝えるしかなく、前で噛む癖のある方には思うような顎の位置に誘導するのは困難を極めます。

人間がかみしめる顎の位置を「咬頭嵌合位」「中心咬合位」「中心位」などと言い、それぞれ定義や位置が微妙に違いますが、どれもが下顎を一番後ろに後退させた位置付近にあり、ほぼ同じものと言ってよいです。かぶせ物にせよ入れ歯にせよ、噛み合わせの調整はこの位置で行わなければなりませんが、人によってはこの位置があいまいだったり、誘導するのが困難な場合があります。

土台無理な願いではありますが、義務教育で「咬頭嵌合位」「中心咬合位」「中心位」さえ簡単にでもいいので教えていただければ仕事が楽になるのにな、と思うことがよくあります。

いずれにしても歯科医院で「噛んでください」と言われたら奥歯で噛んでいただければ幸いです。