歯科大学と普通の大学の違い

歯科大学は医科大学と同様に、特定の職業になるためだけにある大学と言っても過言ではなく、普通の大学とはかなり変わっています。厳密には総合大学の歯学部と、歯学部しかない単科の歯科大学があるのですが、学生生活において両者にそれほど変わりがないのでここでは歯科大学と言うことにします。私が大学にいたのは10年以上前ですし、他大学の状況は詳細にはわかりませんので、そのあたりを含みおきの上お読みください。

まず総合大学であっても歯学部だけは他の学部とは離れた場所にキャンパスがあることが多く、他の学部の学生とほとんど交流がない場合が多いです。私の出身校も複数の学部のある大学なのですが、歯学部だけは埼玉にあり、他の学部は全て千葉にあります。ですので大学の本体がある千葉のキャンパスに行ったのは入試、入学式、卒業式の3回のみで、学生生活6年間で他の学部の学生と話をする機会さえありませんでした。多分同級生もみんなそうだと思います。

総合大学であっても部活は歯学部学生だけで構成された部活で活動し、対外試合も他の大学の歯学部だけ、もしくは医歯薬学部だけのリーグ戦で対戦します。これは多少の例外はあるみたいですが、基本的にはそういうものだと思っていただいていいと思います。

単位という概念がないのも歯科大学の特徴です。留年するとすべてやり直しで、全科目の授業と実習を受けなおし、一度は合格した科目の試験も再び受けなければなりません。

特に私立の歯科大学に顕著ですが留年者数が異常に多いことも挙げられます。私が大学にいた頃は他大学の話として、学年の3分の1程度が留年したという話をよく耳にしましたし、自分の学年でもそれくらい留年を出した年もありました。毎年多くの人が留年するので、留年せずストレートで卒業し国家試験を受けて6年で歯科医師になるのが半数を切る歯科大学も多いです。これは国家試験の合格率の低さも関係しますが。

通う期間が4年間ではなく6年間というのも大きな特徴です。6年間で何を学ぶかはそのうち書こうかと思いますが、ざっくりいうと、1年生は普通の大学と同じような教養課程、2年から4年は専門科目の講義と実習、5年は病院での実習、6年は国家試験対策といったような感じです。大学による違いや今と昔の違いはあるにせよ、だいたいどこの大学もそんな感じだと思います。

1年生のうちは多少の選択科目があり、週のうち1~2時限程度は履修・受講しないでいい時間帯もあったのですが、2年生以降は月曜から金曜日まで、朝9時から夕方4時半までずっと講義ないし実習でした。選択科目もなく全科目必修で、基本的に学年全員が同じ講義室で講義を受けます。

実習ですが、実習室で行う基礎実習と呼ばれる実習と、大学附属病院で患者さんの診療を見学したり補助したりする臨床実習と呼ばれる実習に分けられます。前者は2~4年の間、後者は5年で行うことが多いです。両者とも事前・事後にレポートの提出が求められることも多く、細分化されたノルマを達成するごとにハンコをもらわなけれなならないこともあり、大変な労力とプレッシャーがかかります。それほど頻度ではないにしても実習自体が7時~8時ころまでかかることもありました。5年生の実習は月~金に加え土曜日午前中も病院にて実習を行います。

実習以上に学生を苦しめるのが試験漬けの生活です。科目によっては毎月のように、時には毎週のように小テストが行われ、この結果が学年末の最終合否判定にも利用されるため、定期試験期間以外にもしょっちゅう何かしらの勉強をしていないといけません。

卒論、ゼミ、就職活動はありません。就職活動に代わるものが臨床研修医マッチングで、一応型通りの試験と面接もありますが、大体の人は数か所の研修施設を受けておしまいです。救済制度もあることから研修先が決まらないことはほぼないので、このマッチング制度自体はそれほどプレッシャーではないのですが、卒業試験や国家試験の勉強と平行しなければならないので大変わずらわしいです。

卒論がない代わりに卒業試験と歯科医師国家試験という最後にして最大の関門があります。私が大学6年の頃は約20回に及ぶ卒業試験予選を受け、これをパスした者が3回の卒業本試験を受けるシステムでした。今はさすがにそんなに回数は多くないと聞いていますが、どこの歯科大も6年が一番多くの留年生を出す傾向があり、卒業試験は大変なプレッシャーのかかるイベントだと言えます。そして卒業試験が終了した直後に受ける国家試験ですが、私が受験した当時は75~80パーセントの合格率、現在は65パーセントほどだと聞いています。どこかで歯科大学の6年生と会うことがあったら是非ねぎらいの声をかけてあげてください。

当時の私立歯科大学の入学定員はどこも大体120人程で、国立大学の場合はその半分ほどのところが多かったように記憶しています。その120人全員が同じカリキュラムで同じ歯科医師になるという目的を持って6年間過ごすので人間関係も濃くなります。私が在学していた当時は在学生全員の実家の住所と親の職業が記載されている名簿が配られていたこともあり、少なくとも同じ学年であれば誰がどこ出身で、実家が何屋なのかもお互いが大体把握しており、長く一緒に過ごす時間が長いため仲が良いとすごく仲が良くなり、仲が悪いとすごく仲が悪くなるような、そんな環境でした。

歯科大学は教員、職員を含めても小さな所帯なので、学生と教職員との距離感も近くなります。歯科医師の社会は医師の社会の亜型であり、その文化もよく似ていると思います。白い巨塔ではありませんが、教授を頂点としたヒエラルキーに学生も組み込まれ、学生にとっても学部長、病院長、教授などは絶対的権威として存在するわけです。学年による上下関係というより、職制による上下関係のほうが意識されるという意味で普通の大学とは大きく文化が違うのかなと思います。

大学本体の話とは少しずれますが、歯科業界における大学同窓会組織のプレゼンスが大きいのも特徴でしょうか。

濃い人間関係にはいい面もあります。特に同級生はお互いの心理的距離も近く、歯科医師になるという共通の目的を持った者同士ですから、助け合いの精神が特に発達していたように思います。これは実習や定期試験、卒業試験、国家試験はもちろんのこと、なかなかハンコをくれない教員など、突破すべき障壁や敵が共通していたという理由もあると思います。

そしてその同級生とのいい関係は今でも続いています。なにせ同級生が全員同業者ですから立場や価値観から悩みまでその多くを共有していますし、仕事の相談なども気軽にできます。今年はコロナで叶いませんでしたが、遠く離れていても毎年日本のどこかに集合してお酒を酌み交わすのが恒例となっています。歯科大学に行ってよかったと思うことは、もちろん歯科医師免許を取得できたということもありますが、良き友人がたくさんできたことはそれ以上に良かったことだと思います。