マイナンバー保険証について
先日、紙の保険証を全廃して再来年までにマイナンバーカード保険証に切り替える政府の方針が示されました。世間では概ね好意的に受け止められた一方、個人情報は大丈夫なのかという声も根強くあるようです。歯科医院も正にこの当事者であり、開業医間の世間話としてはホットな話題でもあります。
マイナンバー保険証で大きく影響を受ける歯科医院の立場から雑感を述べたいと思います。
メリット:無効保険証に関わる問題が無くなる
歯科医院の立場として一番のメリットは、退職や転出などにより無効になった保険証に起因する煩雑な手続きが無くなることではないでしょうか。
現状において医療機関では月に一度の保険証の確認をすることが多いのですが、月の途中で退職するなどして途中から保険証が無効になっていても医療機関側ではリアルタイムでは把握できません。また退職後無効になった保険証を持ったままで無効になっていることを認識しないで医療機関を受診される方もいます。医療機関としては有効期限が書いてある保険証以外は提示されても有効か無効かはわからないので、とりあえずは有効な保険証として受け入れるしかありません。
無効な保険証のまま診療報酬請求すると数か月後に無効な保険証番号として医療機関に請求書が戻ってきてしまいます。その場合は患者さんに問い合わせの電話をするなどして有効な保険証を確認の上、訂正して再び診療報酬請求をしなければなりません。その結果、診療報酬が手元に来るのが診療した日から半年後ということもざらに起こります。もちろん患者さんの電話番号が変わっていたり、引っ越していたり、退職していたりという場合もあるので、そうした場合の作業の煩雑さはご想像いただけるかと思います。
マイナンバー保険証が導入されればオンラインでリアルタイムに保険証が有効かどうかがわかるようになるので、上記のような問題は一掃されることになります。医療機関としては当面はこれが最大のメリットだと思います。
メリット:医療情報が共有できる
すぐには実現しないようですが、医療機関同士で患者さんの診療や投薬の記録が共有できるようになるのも大きなメリットです。
例えばロキソニンは歯科でも医科でもよく処方される鎮痛解熱薬ですが、双方から処方されたら無駄などころか、下手したら倍の量を飲んでしまう危険性もあるわけで、こうした情報を医療機関や薬局が共有できれば無駄と危険を簡単に回避することができます。現在でも「お薬手帳」という形で無駄や誤投薬、避けるべき飲み合わせなどを防ぐ仕組みはありますが、これは患者さんが医療機関にかかる際は常に携帯しているという前提で成り立つもので、患者さんが持ってこなかったらこの仕組みも役に立ちません。若い世代を中心に、たまにしか医療機関を受診しない方は一度お薬手帳を手にしてもそのうち無くしてしまうことも多いでしょう。
また、歯科でも大学病院などに患者さんを紹介することがありますが、この場合診療情報提供書という名のお手紙を書くことになります。このお手紙には何月何日に初めて来院して、どんな症状で、どんな処置をして、どういうことを目的に紹介するのかということを書くのですが、本来であればカルテの内容を共有した上で依頼事項を伝えればいいわけです。マイナンバー保険証はそれを可能にする仕組みの下地になります。
マイナンバー保険証を介したネットワークを用いることにより、将来的にこうした診療の記録や検査の結果、レントゲンやCTの画像、投薬情報などをオンラインで医療機関を問わずシームレスに共有できるようになれば、どこの病院や診療所も言わば一つの大きな医療機関の一部のような状態になり、紙での複雑な手続きややり取りも減り、医療機関のみならず患者さんにとっても大きな利益になるのではないでしょうか。
デメリット:導入期限までの期間が短すぎる
国はマイナンバー保険証導入を突然決めたわけではありません。何年にもわたって医療機関にはマイナンバーカードによるオンライン保険証確認の導入をお願いし、機器の導入にも補助金を出すなどして、徐々にではあるものの導入する医療機関も増えてきていました。しかしあくまでも徐々にでした。そこで国は最近になって強引に期限を引き、一気に普及させようという方針を打ち出しました。
大半の歯科医院は、いつか導入しなければならないだろうな位に悠長に構えていて、導入するに至っていませんでした。ところが先日いきなり「来年4月までに導入せよ。導入しない医療機関はそれ以降保険診療はできない。」というようなお達しを出したので大混乱です。
導入には機材が必要ですが、1年もない期限のうちに導入しなければならないので機材の一部は品薄で、物理的に導入が間に合わない医療機関も出てくるだろうとされています。また導入には光回線が必須だそうで、一部では建物の構造等が理由で光回線を引くのが困難だという話も聞きます。
いずれにしも現在歯科界はちょっとした混乱に置かれています。マイナンバー保険証というシステム自体は歓迎すべきものだと思いますが、もう一年くらい早くアナウンスしていただければこれだけの混乱は招かずに済んだのではないかなと思うところであります。