歯磨きに関する定説はない

以前に『いい歯ブラシ、いい歯磨き粉とは何か』で少し触れたように、歯磨きをいつどのようにするかということに関して、歯科医師や歯科衛生士の間でこれが絶対だという統一した見解がありません。

まず近年有名なのが、歯磨きは食後30分間はしないほうがよいというもの。これは食後30分間は口の中のpHが低下することにより、歯が一時的にもろくなり磨くと歯がすり減りやすいため、この時間は歯磨きは避けた方が良いという考え方です。しかし、これに反論する意見として、その根拠がはあくまでも実験環境下での話なので、実際の歯磨き行動と結びつけない方がよいという意見もあります。また食後30分以内でも適切な力と方法で歯磨きをすれば歯はすり減らないし、夕食後はまだしも、朝食後や昼食後などは時間が限られており、30分待つことにより歯磨きをする機会が失われるくらいなら、食後30分以内にでも確実に歯磨きをした方がよいという考え方もあります。

この説は最新の研究結果として語られることが多いですが、考察の元となっているのはステファン・カーブと呼ばれる食後30分間は口の中のpHが低下して酸性になる様子を表したグラフで、その発表は1943年と古く、歯科医師であれば誰もが知る有名なグラフです。

歯磨きを起床時にするのか朝食後にするのかということに関しても統一した意見はありません。睡眠時は唾液の量が少なく、起床時が一番口腔内の細菌が多いので起床後すぐ磨けという意見。6~8時間という睡眠時間に対して朝食前か後かは大して変わらないので、朝食後に磨けという意見。起床後と朝食後できれば両方磨けという意見。起床後すぐはうがいするだけにして、朝食後に磨けという意見。全くバラバラですが、朝1回は磨けという点では一致しています。

歯ブラシを濡らして歯磨きをすると泡立ちが良くなり、磨けていなくても磨けた気になってしまうので、歯ブラシは濡らさないほうが良いとする意見。これもなるほどなと思う見解ですが、歯科医師、歯科衛生士がこの理屈を真っ向から否定こそしないでしょうが、必ずしも全員が積極的に推奨している意見ではありません。

歯磨き粉に含まれる虫歯予防効果のあるフッ素を長い間口の中に残留させるため、歯ブラシ後にうがいする回数は1~2回程度にする、もしくはうがいはしなくていいという意見。一回でもうがいするとフッ素がかなり薄くなり効果が疑問だし、かといってさすがに口をゆすがないのは不快感が強く、そもそもの予防効果にも疑問があるため、無理にそうする必要はないという意見もあります。

他にも様々な意見の一致を見ない歯ブラシ・歯磨きに関するアドバイスや意見を目にすることがありますが、それでは逆にほぼ意見が一致していることは何でしょうか。

・磨き残しなく磨く
・力を入れすぎず小刻みに磨く
・食べたら磨く
・フッ素入り歯磨き粉を使う
・デンタルフロスを併用する
・毛の開いた歯ブラシは交換する
などでしょうか。なにやら一度は聞いたことあるような、基本的でなんとなく抽象的で退屈なぼんやりとした事柄ばかりですが、これらに関しては歯科医師、歯科衛生士の意見が一致する重要な事項です。言わば定説と言ったら定説かもしれません。

歯磨きはその人のライフステージや口の中の環境によって適した方法が違います。自分一人で歯を磨ける年齢なのか否か、学生なのか働いているのか、通院が可能なのか否か、介護が必要なのか否か、 乳歯か永久歯か、ブリッジの有無、義歯装着の有無、インプラントの有無などなど。重要なのは年齢とともに変化するご自身の口腔内環境、社会的環境に対応するためにも定期的に検診を受け、自分に合った口腔衛生を保つ方法をアップデートし続けることだと思います。

今回取り上げた意見の割れる歯磨き法ですが、今後その有用性が評価され一般的な方法、「定説」になるものがあるかもしれません。歯科医院でそういったアドバイスがあったとしたら、それはご自身のライフステージや口内環境に合わせたアドバイスだと思いますので、無理のない範囲で実践してみるとよいと思います。